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2014年3月23日日曜日

DVD『ソラニン』


先週に引き続き、積んDVDから選んで『ソラニン』を観ました。主演は宮崎あおいさん。

 ソラニン


大学を卒業して数年の恋人の二人。企業人としての生活に馴染めない二人。

「自分ができないからと言って、俺に押し付けてばっかりじゃん」
「自分がどうにかするって言ったじゃん」
自己解決したいキモチを抱きつつも、ついつい相手の責任にしてしまうような表現をしてしまう二人。言葉でうまく表現できない二人。

一旦、二人は別れるも、再会を約束する電話。その後、彼氏が彼女のところに戻る帰り道に事故死してしまう。事故死する直前、彼氏は自問していた。「俺はシアワセか?」「ホントに?」。溢れる涙。涙で視界が失われたまま、事故死してしまう。

主人公たちより印象に残ったのは、毎日、ポストに手紙を投函しにくるおじいさん。宛先と差出人が同じ。おじいさんは、亡くなったおばあさんに毎日手紙を綴っている。毎日綴ることで、おばあさんを忘れないから。そして、おばあさんが喜んでくれるだろうから。

彼女のところに戻る時、彼はなんで涙が溢れたのだろう?
学生の頃に読んだ『ボビーに首ったけ』を思い出しました。共に彼氏がバイクで事故死してしまうけど、二人のキモチは違ったんだと思う。『ソラニン』は、自分のキモチに素直であることが難しいことを教えてくれる作品でした。『ボビーに首ったけ』を思い出しながら、今年の目標でもある素直であることに挑戦し続けたいと思った夜でした。




『ソラニン』のあらすじ ※wikipediaより
社会人2年目の井上芽衣子は、将来に希望を感じられずにいた。社会や大人に対し不平不満がありつつ、しかしどうすればいいのかわからないまま、ついに勢いで会社を辞めてしまう。
芽衣子の同棲相手であり恋人の種田成男は、大学時代のバンド仲間である加藤、ビリーと定期的に会い、デザイン事務所のアルバイトの合間を縫ってバンド活動を細々と続けていた。喧嘩し、互いに励まし合いながら、先の見えない生活を続けていく芽衣子と種田。やがて、自身の音楽の才能は平凡と言い張り、逃げの姿勢である種田に対し芽衣子は苛立ちを隠せなくなり「バンドをやってほしい」と自分の思いをぶつける。その芽衣子の一言から種田はアルバイトを辞め、再びバンド活動に熱を入れることを決めた。そして加藤、ビリーらに声をかけ、自身の新曲である「ソラニン」をレコーディングする。
そのデモCDを送ったレコード会社のうち1社から反応があり、種田、芽衣子、ビリーの3人は会社を訪れ冴木という人物に会う。話の内容は、これからアーティスト活動で売りに出す新人グラビアアイドルのバックバンドの依頼だった。
冴木を前に黙っている種田の気持ちを代弁するかのように、芽衣子はその話を断った。以降デモCDの反応はなく、夏が過ぎ去り秋が訪れようとしていた頃、種田は芽衣子に対し突然別れ話を持ち出す。その場は和解したものの、種田は散歩に行くと言ったきり帰って来なかった。種田から連絡があったのは5日後で、彼は以前辞めたデザイン事務所でもう一度働き始めた事、そしてこれまでの思いを芽衣子に伝える。「これからは2人で幸せになろう」と、互いの思いを再確認した帰り道、種田は交通事故で他界してしまう。
それから2か月、芽衣子は心にぽっかりと穴が空いてしまったようであった。そんな中、種田の父親が芽衣子の元を訪れる。自分を責め続けている芽衣子に対し、種田の父は「彼を忘れないでやって欲しい」という事、そして「彼が居た事を証明し続けるのが、あなたの役割なのかもしれない」と言い残す。その言葉を聞き、芽衣子は種田のギターを手に取る。ビリーたちとともにバンドを再開させた芽衣子はギターの練習を重ね、ライブハウスのステージに立ち、芽衣子のボーカルで種田の残した曲「ソラニン」を歌うのだった。





ちなみに、『ソラニン』の評価は「★☆☆☆☆」。心に響かなかったな...。

2014年3月16日日曜日

DVD『夜明けの街で』


夕方に一人でのんびりする時間ができたので、積ん読、いや、積んDVDになっていた作品からタイトルに惹かれて『夜明けの街で』を観ました。

ほとんど小説を読まない僕にとっては、「みんながよく口にするあの方」という表現が一番しっくりくるのですが、東野圭吾さんの作品だったんですね。映画化は2011年10月。若松節朗監督、岸谷五朗・深田恭子主演。
wikipedeiaでは、撮影の佳境時に311東日本大震災に見舞われたとあります。ちょうど、先週末の第7回「こすぎの大学〜武蔵小杉をつなぐ〜」では、授業のゴールを「311東日本大震災から3年。武蔵小杉の絆、そして、君に届け」と設定していたこともあり、なにか不思議な共通性を感じた次第でした。


 第7回「こすぎの大学〜武蔵小杉をつなぐ〜」


『夜明けの街で』のあらすじ ※wikipediaより
運命的な出会いでもなく、バッティングセンターで出会った渡部と秋葉。2人は出会いを重ねて深い仲になっていくが、渡部は秋葉が高校生の頃に起きた、ある殺人事件の関係者だと知る。犯人は未だ捕まっておらず、秋葉がその事件の容疑者扱いとされていることも知る。事件は既に15年が経過しており、3月31日が終われば時効を迎える。自分が築き上げてきた家庭が壊れることを恐れながらも秋葉に惹かれる渡部は、その事件と関わりを持つことになる。

深田恭子さんが演じる中西秋葉役、岸谷五朗さんが演じる妻子ある渡部役。二人が惹かれ合い、そして、素直なキモチを重ね合わせる姿。繊細な描写がとても美しい作品でした。

秋葉の言葉。
「無理していない?逃げたい?」
「『ごめんなさい』は便利な言葉。何でも許されてしまう簡単な言葉。だからこそ、使いたくないんです。」
「いっぱい、笑った。いっぱい、ドキドキした。いっぱい、切なかった。そして、ありがとう。」

衝撃的なラストシーンが印象的な僕の大好きな作品『バーディ』(ニコラス・ケイジ主演)。そのラストシーン同様、『夜明けの街で』のラストシーンも衝撃的でした。
一切、夫を疑う姿を見せなかった妻。秋葉が渡部から去り、新しいスタートを切った直後。渡部は妻に「全て済んだ」と伝える。それに対して妻は「私とあなたの中では済まない話だと思うんだけど...」との返事。すべてを把握していた妻。
素直なキモチを重ね合う二人がいる一方、キモチを隠し続ける人もいる。

繰り返しになりますが、繊細な描写がとても美しい作品でした。
そして、深田恭子さんがかわいく、そして、美しかったです。

オススメの作品です。














2014年3月11日火曜日

311東日本大震災から3年が経ちました

311東日本大震災から3年が経ちました。初めてと言っても過言でないくらい「日常」「非日常」を実感したのが311東日本大震災。




googleカレンダーで311東日本大震災の週のスケジュールを振り返っていました。
「ブランドProject」「Z-Project」「企業間フューチャーセンター・ビジネス化検討会」、そして、「キラキラProjectワークショップ」。年度末で、色々なプロジェクトの終盤を迎えた中での311東日本大震災。僕が企画運営していた「キラキラProject」。googleカレンダーで振り返るまで「キラキラ」というネーミングをしたことを忘れていました。あれから3年。あの時のように「キラキラ」という言葉を大切にし、そして、キラキラな毎日をmakeしていくようにします。

当時のブログ。『君のとなりに』
http://katuhiko0821.blogspot.jp/2011/03/blog-post.html


2014年3月10日月曜日

『フロネシス10 シニアが輝く日本の未来』(著:三菱総合研究所)



一般社団法人企業間フューチャーセンターも協力させていただいたPD(Planetary Design)講座。2013年12月18日のPD講座で、三菱総合研究所 プラチナ社会研究センター 主席研究員 松田智生さんに紹介していただいた「プラチナ社会」の話。


三菱総合研究所 プラチナ社会研究センター 主席研究員 松田智生さん


研究成果をまとめられた一冊が『フロネシス10 シニアが輝く日本の未来』。お話しをお聞きしてから3か月以上が経ってしまいましたが、拝読したので、改めて気づきを。



高齢化率が25%を超えている「超高齢社会」の日本。身体的な健康年齢も向上し、70代前半までは「中年」という考え方もできつつあります。僕は41歳ですが、僕と同じです。モノが満たされた現在。多様性に応じたコト(体験)が提供され、また、誰もがCo-Creatorとしてコトを創出し始めた現在。知らない、そして、体験していないコトに囲まれた現在。知らないことを知るという「学ぶ」「成長する」ということに楽しさを感じている、この数年の僕。飽くなき探究心。学んで成長するという小学生のような輝き。そんなキモチを抱き続け、そして、世代を超えてノウハウを授受し合える社会。そんな社会が、きっと「プラチナ社会」なんでしょうね。

その一例として、新たな学びの形である「立教セカンドステージ大学」。50歳以上の方々を対象にした入試もある大学。新たな生涯学習の場。
「こすぎの大学」も、武蔵小杉に住まう・勤める・集う方々の交流、そして、生涯学習の場として育てていきたいですし、育て方を学びながら毎回の運営に携わる僕が、きっと成長できる場にもなるはず。
いつもながらノープランな僕ですが、『シニアが輝く日本の未来』を読了して、新しい楽しみを見つけました♪


 立教セカンドステージ大学


 ミヤマ珈琲
地域コミュニティ形成のための喫茶店「ミヤマ珈琲」


<気になったキーワード>

  • 70代前半までは、まだ中年。社会を支える人。
  • プラチナ社会とは、衣食住の確保、移動の自由、情報の自由、そして、長寿といった目標が「量」的に満たされたとき、さらに目指すべき「質」の高い社会のこと。
  • 日本の高齢化率(65歳以上の人口比率)は25%を超えた。一般に高齢化率が7%以上の社会を高齢化社会、14%以上で高齢社会、21%以上で超高齢社会と呼ぶ。
  • 2030年には5人に1人が75歳以上。そして、高齢者の4割が独居。
  • 幸せな加齢の5条件「栄養」「運動」「人との交流」「新しい概念の受容性」「前向きな思考」。それなのに、経年変化では、都市部の男性は、人付き合いが減少傾向に。
  • セカンドライフに合った新しい働き方。自宅から徒歩や自転車で行ける範囲に、自分で時間を決めて働ける場所。月に数万円の収入でも、とにかく家を出て、人と交わって働く機会をつくる。例えば、世代を超えた知識の伝達。
  • 高齢者の多様性に社会は注目すること。
  • これからのシニアの欲求領域「自己実現」「尊敬・承認(認め合う)」「所属・愛(つながり)」
  • ホームコンビニエンスサービス。東急グループ「東急ベル」
  • シニア世代がゆっくりと過ごす喫茶店、地域コミュニティ形成のための喫茶店。銀座ルノアール「ミヤマ珈琲」
  • フランス政府の施策「ひとつ屋根・ふたつ世代」による「世代間同居」。家賃システムは、シニアと過ごした時間が増えるほど、安価な料金設定になっている。週に6日の一緒の夕食と夜間住宅を約束した学生は家賃が無料になる。仲介機関には、シニアに6万円、学生に4万円、合計10万円の手数料収入がある。かつての日本の「下宿」と同じ。
  • シニア人材派遣ビジネス。年齢は背番号、人生に定年なし「株式会社マイスター60」
  • 講師はすべてシニア。イギリスの授業サイトサービス「The Amazings」
  • 新たな学びの形。立教大学「立教セカンドステージ大学」成功要因は、①入学・卒業条件の設定、②ゼミ合宿やサークル活動などを通じた仲間づくり、③学部生と授業を受けられる世代交流の機会。
  • 人間誰でも歳を重ねると先入観や思い込みが強くなり、人の意見を聞かずに自分の話ばかりするようになる。だからこそ、世代や視座の違う人の話を傾聴するワークショップが重要となる。

<構成>

  1. TALK 対談「プラチナ社会への挑戦はシニアが主役になる」
  2. SUCCESSFUL AGING 総論「社会の担い手となるシニア」
  3. SECOND LIFE セカンドライフ「これからのシニアが望む3つの欲求」
  4. SENIOR WOMEN 女性「自分らしく生きる都会単身シニア女性」
  5. TECHNOLOGY 技術「プラチナ社会を支える3つの技術」
  6. CCRC 住まい「シニアが生き生きと暮らすコミュニティへ」


2014年3月9日日曜日

僕が小学2年生だった時の思い出(入院生活)


3月になりました。
娘(望来)が小学2年生になったのが、つい先日のように感じますが、今月で小学2年生の生活も終わります。

僕にとって、“僕自身”の小学2年生の思い出は、一生忘れることができないものです。急性糸球体腎炎になり、3か月の入院生活を送ったのですが、この入院生活を忘れることはありません。




急性糸球体腎炎 ※wikipediaより
急性糸球体腎炎(英語: Acute glomerulonephritis; AGN)は、その90%が連鎖球菌感染に続発していることから、溶連菌感染後急性糸球体腎炎(英: Poststreptococcal Acute GlomeruloNephritis; PSAGN) とも呼ばれており、抗原抗体反応(アレルギーIII型)によって発症するび慢性の炎症である。溶血性連鎖球菌感染後に起こる腎炎が最も多い。小児や青年期に罹患する事が多く、先行する感染としては扁桃炎・咽頭炎等が大部分を占める。

当時、僕は扁桃腺の炎症で、度々、風邪をひくことがあったのですが、wikipediaにも記載されているように扁桃腺の炎症が原因だったんですね。

急性糸球体腎炎は血尿が出るのですが、当時はトイレが水洗式ではなかったため、自宅で気づくことはありませんでした。恥ずかしい話ですが、小学校の帰りにオシッコ(立ち小便)をして、気づきました。ただし、自分が病気になったとは思わず、帰宅後、母に「手品ができるようになった!」とコーフンしながら、外で血尿を見せたのを覚えています。

・・・その後、母に病院に連れて行かれたのは、みなさんの想像のとおりです(笑)。

近所のかかりつけの病院で診療したものの、十分な処置ができないため、大きな病院(神奈川県立汐見台病院)に。すぐに入院が必要とのことでしたが、空きベッドがなく、しばらくは自宅療養に。

初診から1週間後に入院することになったのですが、とにかく安静が必要とのことで、一日中、ベッドで横になっていました。小児科の集合病室に、僕を含めて6〜8名が入院していました。男の子も女の子もいて、みんなが内臓の病気のため、一見健康そうなんだけど、入院しているという不思議な空間でした。

僕は、一日中、安静にしていること、食事の制限として塩分はほとんど禁止、間食も禁止で、一日に一回だけ150mlの100%ジュースを飲むことしかできませんでした。遊び盛りの小学2年生には、動けない、そして、お菓子やジュースがダメというのは本当に辛くて、一日一回の150mlのジュースだけが毎日の楽しみでした。

動けない、お菓子やジュースがダメ以上に辛かったのは、面会時間しか家族に会えないこと。面会時間は15:00-18:00。毎日、母が15:00ピッタリに面会に来て、そして、18:00に帰るという感じで、面会時間の全てを付き添ってくれました。

入院していた汐見台病院は、山の上にあり、毎日、母は急な坂道を歩いて面会に来てくれていました。母は貧血症だったので、坂道を歩いてくるのはキツかったはずで、当時も感謝していましたし、今でも感謝しています。

父も忙しい中、面会に来てくれました。当時は週休二日制ではなく、日曜日だけが休日だった時代。父も残業続きで、毎日24時頃に帰宅しており、普段も朝食の時しか会えない存在でした。そんな忙しい父も、土曜日だけは早く会社を終え、スーツ姿で面会に来てくれた姿を、今でも鮮明に覚えています。

小学2年生と言えば、掛け算(九九)を習う学年。入院生活は3か月に及んだため、僕は先生でなく、看護婦さんから掛け算(九九)を学びました。模造紙に九九の表を書いて、ベッドの上に貼ってくれたおかげで、24時間、九九漬けでした(笑)。

勉強は看護婦さんから学び、そして、遊びは、家族や親戚からゲームをプレゼントしていただき、同じ病室の友だちと一緒に遊んでいました。このプレゼントは、本当に贅沢すぎるもので、みんなが心配してくれていることに、子どもながら感謝の気持ちでいっぱいでした。
プレゼントしてもらったのは、ルービックキューブ、ゲームウォッチ、ボードゲーム、マンガ、・・・。ルービックキューブは数分でクリアできるほどに上達。当時、国鉄が「いい旅チャレンジ20,000km」をキャンペーンしており、これをボードゲーム化した「エポック社の日本旅行ゲーム~いい旅チャレンジ20,000km」があったのですが、違う方々から合計3つもプレゼントしてもらいました。マンガも『まことちゃん』(作:楳図かずお)を全巻プレゼントしてもらったり。僕がシュールな笑いにハマったのは、きっと、この時からなんでしょうね。

3か月もの間、一日も欠かさず、急な坂道を歩いて面会に来てくれた母。仕事が忙しい中、少しでも時間を作ってくれて面会に来てくれた父。勉強で遅れをとらないように掛け算を教えてくれた看護婦さん。心配してくれてお見舞いに来てくださった親戚の方々。父母が僕に付きっきりの中、我慢してくれた兄。みんなに感謝です。

こんな感じで、娘が小学2年生ということで、僕が小学2年生の時の思い出を綴っていたのですが、書きながら、ひとつのこと気づきました。
今、娘が小学2年生(8歳)、僕は41歳。
僕が小学2年生(8歳)だったころ、父母も41歳だったということ。

感慨深いです。書きながら、少し目に涙が浮かんできました。
父母や兄、今の家族にも、そして、僕を支えてくださっているみなさんに「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。

2014年3月2日日曜日

『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』(著:古川聡)


第39回「こすぎナイトキャンパス」(読書会)の課題図書だった『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』(著:古川聡)。同じ本を読んでいるのですが、読書会に参加者一人ひとりの感じ方が違うのが面白いですね。




宇宙飛行士という職業も、僕らサラリーマンという職業も、職場でのコミュニケーションの“基本”は同じなのだと感じました。チームワークで目的を達成するという共通性があるのだから、当たり前といえば当たり前ですね(笑)。ただし、一瞬の判断ミスが自分だけでなく相手の生命にも関わるという点では、宇宙飛行士の方々は“最善の判断”ができるように、日々、トレーニングを積み重ねていることに感服します。

マンガ『宇宙兄弟』の言葉「訓練は本番のつもりで、本番は訓練のつもりで」。このようなマインドで、日々の仕事に取り組むことができれば、きっと、トレーニングの結果が残せるんでしょうね。でも、ハードルが高そう...。

僕自身、本書で感じたのは「時間と距離を意識する」「時間と距離を楽しむ」ということ。宇宙という視点で書かれていたからですが、近視眼的に考えてしまうと、せっかくの楽しさが“辛さ”になることが多分にあるなぁーと感じました。

内側にいると気づかないことも、外側から見ると気づくことがある。ボブさんから学んだ「Thinking out of the box.」という言葉を、以下の一文から強く感じました。

「滞在中に宇宙から日本を眺めていると、震災被害にあった地域に少しずつ明かりが戻ってくるように感じられました。」 
(『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』より) 


<気になったキーワード>


  • チームの中である時はリーダー、ある時はフォロワーになり、それぞれの立場でリーダーシップとリーダーを支えるフォロワーシップを学ぶ。リーダーはフォロワーからの指摘や意見を引き出し、議論し、決断する。フォロワーは、その中で自らの専門性を踏まえて意見する。
  • 反対意見であっても、人格を否定するのではなく、あくまでも、指摘は意見に対して行う。
  • 相手を知り、行動が読めるようになれば対策もでき、ストレスは減少する。
  • 滞在中に宇宙から日本を眺めていると、震災被害にあった地域に少しずつ明かりが戻ってくるように感じられました。
  • 手順書だけでは分からない環境を知るには、経験者に聞くのが一番。
  • 他の人の仕事をサポートすることは、その人を助けるだけでなく、全体の状況をしることもでき、自分の仕事をより効率化するヒントも得ることができる。
  • 正しく怖がる。知ることで恐怖の大部分は解決できる。
  • 予想がつかない状況になった時は、「相手の視点」で自分を見る。
  • 小さな成果を認める。
  • 大切なのは「割り切る」「できることをやる」の2点。自分でコントロールできること/できないことを分けて考える。
  • カナダの精神科医エリック・バーン氏の言葉「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えることができる」。
  • マンガ『宇宙兄弟』での言葉「訓練は本番のつもりで、本番は訓練のつもりで」。
  • 「失敗すること」を前提にした準備。想定外は不可避。


<「こすぎナイトキャンパス」参加者のコメント>


  • 日常生活に活かせる。
  • 無重力環境では空間利用するという視点が新鮮。
  • 松井秀喜の言葉「自分にできることに全力を尽くす」を思い出した。
  • 意見に対して指摘する。人に対して指摘しない。欧米のディベート文化。
  • 近視眼的にならず、時間と距離を楽しむ。
  • 小さな成功体験の積み重ねが自信につながる。
  • 敢えて失敗する。
  • 助けられる人は、助けること。自分にできることが相手にもできると期待してはいけない。多様性を尊重すること。
  • コミュニケーション論。
  • 笑いは、心をリラックスさせる。
  • 心は鍛えられる。メンタルトレーニング。ただし、人に配慮するのはストレスじゃないの?


<構成>

はじめに
第1章 宇宙飛行士のストレス・マネジメントとは
第2章 人間関係からくるストレスへの心の鍛え方
第3章 組織に対するストレスを溜めない方法
第4章 リスクを恐れない心の育て方
第5章 先が見えない不安との付き合い方
第6章 理不尽な出来事に負けない方法
第7章 想定外の危機に立ち向かうには




facebookの友達が1,000人を超えて考えた「新友」


気づけばfacebookの友達が1,000人を超えていました。自分でもビックリでした Σ(゚∀゚ノ)ノキャー


子どもの頃は『一年生になったら』の歌詞「ともだち100人できるかな?」にあるように、100人の友達というのは、とても多い人数と感じていました。子どもの頃だけでなく、社会人になっても同じ気持ちでした。

イギリスの人類学者ロビン・ダンバー氏の「組織150人の法則」でも、よく理解し合える友達の数はせいぜい150人と述べられています。

このように考えると1,000人を超える友達って、理解し合えていない友達の数となりますが、実際にはそうではありません。2009年9月にfacebookに登録した以降、facebookの友達は、実際に面識のある方だけにしています。ワールドカフェやフューチャーセンターなどで出会った方々が多いから・・・というのが理由かもしれませんが、知り合った方々は未来志向で、とても魅力的な方々ばかりです。多くの刺激と学びをプレゼントしてくださる方々ばかりです。「ともだち100人できるかな?」のように小学生気分で、出会いや学びが楽しくて仕方がなかった4年半。この4年半で知り合った新たな友達「新友」。

「しんゆう」と言うと「親友」が浮かびますが、「新友」という言葉が浮かびました。「新友」という言葉が浮かぶと同時に、色々な「しんゆう」が浮かび始めました。

親友・・・親しい友だち。
新友・・・新しい友だち。
心友・・・心を許せる友だち。
深友・・・深い部分で通じあっている友だち。
信友・・・信じ合える友だち。
芯友・・・心の支えである友だち。
伸友・・・自分を成長させてくれる友だち。
真友・・・真の友だち。
進友・・・一緒に前進(=共創)している友だち。
神友・・・神様が巡り合わせてくれたと思うくらいの出会いに感謝する友だち。

他にもあるかもしれませんが、一つひとつの「しんゆう」という言葉と一緒に、色々な人の顔が浮かびました。伸友の●●さん、進友の●●さん、・・・というように。

で、ブログを書きながらテレビをポチッとしたら、偶然にも、AR三兄弟 川田十夢さんが出演している番組『THE BRAINSTORMING 55周年記念日特別番組』が放映中。川田十夢さんとの出会いを通じて「拡張」という思考を学ばせていただき、僕はバージョンアップしました。僕にとって川田十夢さんは「神友」という師匠です。